Column
Our Roots

 13 Feburary, 2016    You can get it if you really want /Jimmy Cliff
 
 今年もマラソンシーズンがやってきた。震災以後距離が短縮されていたホームタウンの大会もついにハーフのレースが再開となった。2011年のあの日から立ち直り切れなかった街、震災前に賑わったハーフマラソン復活は完全復興の象徴となる。液状化で変形したスティールタウンのアスファルトをマラソンランナーが安全に駆け抜けるようになるまで、5年もの月日が費やされたのだ。2月7日、全国から約6400人の市民ランナーが集まり、街の真の復興に笑顔で花を添えていた。
 そして人生初のハーフマラソン挑戦である。 レース前日オンライン英会話のフィリピン人講師Linoとこんな会話をした。
 
「少し緊張している」
「リラックスしろよ。プロではないから勝利を求める必要はないだろう」
「いや、ベストレコードをゲットしたいんだ」
 
 年齢とともに衰える体力に逆らって、限られた時間を使いながら走力を向上させレースに臨む。自分の限界を手探りし、悲鳴を上げる肉体を騙しながらオフィシャルな記録を自分の心に刻んでいく。他のランナーに競り勝つ事やメダルや景品を目指しているのではなく、多くのランナー達は内に秘めた自分だけのベストレコードと格闘しているのだ。
 フルマラソンを走った事はないが、21.0975kmのレースでも走行中の肉体的変化が心の迷いを生み出し、”走れメロス的葛藤” が始まる瞬間がある。スタートからハイペースで走り続けると2/3を過ぎた14〜15kmくらいで体の奥から疲労の声が聞こえてくる。その悪魔の囁きを振り払い、淡々と足を進めながら頭の中で自問自答する。
 
 「今まで何を目指してきたのか」
 「今までどれだけ走り続けたのか」
 「諦めてすべてを失ってしまうのか」
 「その程度の人間なのか・・・」
 
そんな瞬間、いかに自分を鼓舞しポジティブなエネルギーを注入できるかで勝負は決まる。
 
 
 自分にとってポジティブなエネルギーを与えてくれるアーティストが何人か存在する。 Jimmy Cliff はそのひとりだ。レゲエのリズムはランニングのBGMに向いているとは言えないが、葛藤の時間が訪れ自分を励まさなければいけない時、彼のシンプルな歌詞が思い浮かぶ時がある。
 
 You can get it if you really want.
 You can get it if you really want.
 But you must try, try and try, try and try
 You'll succeed at last
 
 Jimmy Cliff はBob Marley と並ぶレゲエ創成期からのカリスマだ。 62年のジャマイカの首都キングストンでシンガーとしてデビュー後、65年まだ17才のJimmy Cliffはアイランドレコードを創設した Chris Blackwellの誘いでロンドンに渡った。60年代ロンドンでのレゲエミュージシャンの活動は多難を極めたことは容易に想像できる。Eric Clapton が "I shot the sheriff" をヒットさせ、世界中にレゲエを認知させたのは Jimmy Cliff がロンドンで活動を開始した9年後の74年なのだ。67年にリリースされた彼の "Hard Road To Travel" では、厳しい現実、異国の地での孤独と望郷の想い、挑戦し続ける信念と決意が歌われている。そんな苦難を乗り越えて成功を掴んだ Jimmy Cliff だからこそ彼のシンプルなメッセージは多くの人の心に響くのだ。2012年のインタビューで彼は当時の事を語っている。
"I was touring clubs, not breaking through. I was struggling, with work, life, my identity, I couldn’t find my place; frustration fuelled the song."
(※Telegraph 12 Jul 2012 "Jimmy Cliff interview: 'I still have many rivers to cross')
 
 Jimmy Cliff に関心を持ったのは1978年頃だと思う。高校の授業をさぼって彼の主演映画 "Harder they come"を観にいったのがきっかけだったのかもしれない。1976年リリースの "In Concert the best of Jimmy Cliff"は当時の愛聴盤だった。オープニングの "You can get it if you really want" からプロテストソングの傑作 "Viet Nam" が続きニューヨークの聴衆を掴んでいく。アルバム全体が明るく躍動的でポジティブなメッセージに溢れ、中でも "Many rivers to cross" の魂の熱唱はいつ聴いても心が洗わるようだ。1979年6 月中野サンプラザのライブでの彼の透きとおるような歌声も忘れられない。彼の歌声には一点の迷いもなく、まるで「どんな逆境でも生き残らなければいけない」と言っているように聞こえる。
 
I've got many rivers to cross
And I merely survive because of my will
 
 結局大切なのは、「本当に望んでいるのか」「トライし続けたか」である。それがなければ、欲しいものは得られない。
マラソンレースには「人間の本質的な葛藤のドラマ」がコンパクトに圧縮されている。だからこそ迷いを断ち切りながら走り続け、自分の生きている証を記録として刻んでいくことに喜びを感じるのだ。
 
(MG)


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