Column
Our Roots


 30 Jun,2014    Theme from Taxi Driver / Bernard Herrmann
 
 初めてのニューヨーク。
2014年3月、マンハッタンのDYLAN Hotel に5日間滞在した。DYLAN Hotelは、41th.St.にある、グランド・セントラル・ステーションまで徒歩3分の小さなホテル。豪華さはないが、NY中心部ながら落ち着いた立地は快適だった。名前もMG好みだ。
 ホテルの外は容赦なく突き刺さる暴力的な冷気。北米各地を襲った記録的寒波はまだ続いており、マンハッタンを行き交う人々の多くは、分厚いダウンジャケットを着こんでいた。42nd St.をホテルから西に4ブロック歩くとタイムズ・スクエアの喧騒に辿り着く。70年代の犯罪の拠点は今や観光のメッカとなり、日本人が深夜ひとりでうろついても、少しも危険を感じる事はなかった。
 
 NYにとって最悪な時代、70年代当時のタイムズ・スクエアは、ポルノ映画館が立ち並び、ドラッグの売人、売春婦が集まる裏社会の中心地だった。MGの中で長い間NYのイメージを作り上げてきたのは、この当時のタイムズ・スクエアを舞台にした映画“TAXI DRIVER”だった。この映画はNY 8th Ave. の42nd St. から57th St. を実際にタクシーを走らせながら撮影されている。
 
「75年ニューヨーク あの夏のあの暴力的な空気は、この映画を撮るのに完璧だったんだ」
(Martin Scorseseインタビュー 2011年Cutより)
 
 MGがこの映画を初めて観たのは大学時代、授業をさぼってよく時間をつぶしていた飯田橋のちっぽけな映画館“佳作座”だったと思う。スクリーンから溢れだす重苦しいNYの空気とRobert De Niro演じるトラヴィスの狂気に圧倒された。一度に受け止めきれなかったのだろうか、その後何度もこの映画を観に行った。
 
 あまりに重苦しく息詰まるテーマを現代のfairy taleに昇華させているのは、NYの夜の色彩の背景に流れているBernard Herrmannの音楽だった。特にオープニング、地獄のような煙の中登場するタクシーからトラヴィスのアップに切り替わる瞬間、聞こえてくるSAXソロの響きは、映画音楽を超越している。それはまるで、絶望的なトラヴィスが縋ることのできる唯一の救いのように聞こえる。Alfred Hitchcockと喧嘩別れした後しばらく低迷していたBernard Herrmannは、最後に素晴らしい作品を残した。彼は映画の完成、その後の映画と音楽に対する賞賛に触れることなく、Taxi Driverのレコーディングセッションの数時間後にこの世界から旅立っていった。
 
 ニューヨークは本当に無邪気に観光を楽しめる安全な都市になったのだろうか?
トラヴィスの狂気の始まりはベトナム戦争だが、アメリカが続けてきた戦争は更に多くの闇を作り出してきた。その結果生まれた新しい狂気はニューヨーク観光地化の幻想の一方で、既に世界中に拡散してしまったのかもしれない。
(MG)