Column
Our Roots

 23 July, 2017     Johnny blue / RCサクセション
 
 89歳で亡くなった伯父が生前、体力の衰えが目立ち始めた時に、まだ動けるうちに旅行に連れて行こうというのがきっかけで5年前に始まった、従兄弟二人とその友人、OGと弟というメンバーの男旅で、6月下旬、日本三大霊山の一つ青森県の恐山を訪れた。歳も近く家が隣だったので、子供の頃、夏休みともなれば毎日を一緒に過ごした我々にとって、心霊や怪奇現象、UFO、UMAは、別世界への扉を開いてくれる大好物のトピックであり、死者の霊を呼び寄せる“イタコの口寄せ”“賽の河原”などのキーワードとともに語られる恐山は、暑さの中、一時の涼しさを感じるにはうってつけの話題だった。今年の正月の集まりでJRの“東北定額乗り放題周遊券”で旅行をということになり、誰からともなく“恐山行きてえな”という話が出て、今も消えぬ少年時代からの好奇心に突き動かされ、我々は本州北端、下北半島へと旅立つこととなる。
 
 
 恐山へは八戸駅から更に車で3時間余り。距離はあるが、行き交う車が少なく信号もほとんどないので快適なドライブだ。人家のまばらな平坦な国道を走り続け、薄霧のかかった草地や海辺の雑木林を抜けていく。エネルギー関連施設で有名な六ヶ所村の、風力発電のいくつもの大きな風車を横目に、マサカリ型の下北半島の細長い持ち手の部分を横断し、陸奥湾沿いを北上。こぢんまりとしたむつ市街を抜け、鬱蒼と茂る木々の間の曲がりくねった山道を、アクセルを吹かしながらしばらくの間登っていくと、漂い始めた硫黄の臭いとともに突然視界が開け、八方をなだらかな山に囲まれた、エメラルドグリーンの宇曾利湖が姿を現す。湖に沿って数分走れば、そこが霊場恐山菩提寺の総門だ。
 日曜の昼だが都市部から遠く離れた北の秘境は人で混み合うこともなく、静かで穏やかな時間が流れていた。恐山の印象は天候で大きく左右されるのだと思う。この日は全国的に曇りや雨模様だったのにもかかわらず、下北半島のある青森県の北部だけが梅雨前線の切れ間に入り青空が見えていた。初夏の日差しに時おり吹き抜ける風が心地よい。そこにオドロオドロしいオカルトのイメージはなく、あらゆるものが澄んだ“聖地“の趣きだった。まっすぐに伸びた参道を進んで山門をくぐり正面に見える地蔵殿へと向かう。左手の白い火山岩に覆われた丘は、亜硫酸ガスのせいで草木もまばら、鳥のさえずりも無い不思議な静けさにつつまれた空間で、地獄に例えられる。所々に置かれたお地蔵様や観音像の周りには、死者の供養のためにいくつもの小石の塔が積まれ、差し挟まれたおもちゃの風車が、風を受けてキュルキュルと回る。丘を下ると一転、眼前に白砂の浜と透明度が高く美しい宇曾利湖の水面が広がり、そこが極楽に例えられるのも合点がいくのと同時に、雑じり気のない平穏が心と体に沁み入る。気がつけば我々の世代は人生の折り返し点を通過しており、年を経るごとにあちらの世界との親和性が増してくるのは、当然のことなのかもしれない。
 
 車での旅行の楽しみの一つに音楽がある。互いに影響を与えながら育った者は音の趣味も近い。持ち寄ったお気に入りのCDは旅に彩りを添えてくれるが、皆が共通して好きなのがRCサクセションだ。今回は従兄弟が持ってきた1986年の日比谷野音のライブ“The tears of a clown”を聴いた。以前MGがコラムの中で触れているが、我々の高校時代は、RCがスターダムにのし上がっていく時期と重なっていて、高3の時MGと観た伝説の千葉大学園祭ライブ(ステージ近くに押し寄せた観客の重みで体育館の床が抜けた)を、従兄弟も友人と観ていたということを後から知ったりもした。OGが“The tears of a clown”を聴くのは実は初めてだ。恐山からの帰り道、懐かしいアジテーションとともに清志郎があの世から甦り、ご機嫌なR&Bを聴かせてくれる。考えてみれば“忌野”とは、生死の境に相応しい名前だ。曲目にはRCお馴染みのナンバーの他に、OGのフェイバリットWilson Picketの“In the midnight hour”やBeatlesの“Strawberry fields forever”のカバー、未発表曲の“君はいつか死ぬだろう”(恐山向きのタイトルだ)などが収録されていて、久々に本当にRCのライブを聴きに行ったような気分になった。
 
 RCのアルバムの中では、6作目の“Blue”が一番好きだ。リハーサルスタジオに録音機器を持ち込んだ、基本一発録りのライブ感が全編を通して感じられ、RCの魅力がクールに凝縮されている。アルバムの内容がそのまま伝わってくるようなジャケットも好きだ。伯父との最後の旅行となった群馬〜日光〜福島の旅では、いわき平競輪場への道すがら“Blue”を聴いたのを思い出す。佳曲揃いのこの作品の中で一曲を挙げるなら、チャボの切れのよいギターのリフとG2のオルガンが印象的な、Bluesを歌う飲んだくれJohnnyがテーマの軽快なR&Bナンバー、“Johnny blue”のサラッとしたなセンチメンタリズムが、音楽と酒が欠かせない男旅にはピッタリであろう。夕暮れ前に八戸から青い森鉄道で浅虫温泉へと移動、ひとっ風呂浴びた後、此岸と彼岸を跳び越え時空を行き来した一日の終わりに、美味い地酒と地元の海産物や料理に舌鼓を打ちつつ、青森の夜は更けていくのであった。
 
(OG)