Column
Our Roots

 26 Jun, 2016    Easter/Patti Smith
 
 6月24日英国のEU離脱の激震が世界中を駆け抜けた。ビジネス、経済への影響だけでなく、時代を覆っている空気が一変したような気がする。これから我々はどこへ向かおうとしているのだろうか?
Patti Smithの代表曲”People have the power”に次のようなフレーズがある。
 I believe everything we dream can come to pass through our union.
英国の人々の半分以上は、持っているパワーを "Europe Union" 実現ではなく、「誇り高きGreat Britainのunionからの離脱」に使ったのかもしれない。人々のパワーが結集して『多様性の中の統合(United in diversity)』を実現することはこのまま幻想になってしまうのだろうか?
 
 Patti Smithがやってきた。
6月4日『THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ』、6月7日ビルボードライブ東京でのライブは素晴らしい内容だったという。チケットは発売直後にSold outとなり、今回も彼女に会うと事はできなかった。
 「ニューヨークパンクの女王」と言われたPatti Smith。彼女の音楽に向き合うのはそれなりの覚悟がいる。彼女の曲をプレイリストに入れて持ち歩く事はないが、ふとしたきっかけで聴きたくなる時がある。例えば、昨日のようなニュースが舞い込んだときのように。
 Patti Smithはパンクというカテゴリーには収まらないミュージシャンであり、音楽を通じて語りかけるその独特な個性は唯一無二の存在だ。60年末のニューヨーク、彼女は写真家のRobert Mapplethorpeとチェルシーホテルで暮らし、ギターをバックに詩を朗読するスタイルで活動をしていた。Doors, Velvet Undergroundが活躍していた時代だ。75年”Gloria”を含むデビューアルバム”Horses”はNYパンクとしてプロモーションされたが、彼女はAllen Ginsbergらとの交流やJimi Hendrix、Janis Joplinを身近に感じながら60年代後半のカウンターカルチュアの影響を受けたアーティストだ。
 
 実はPatti Smithには特別な思い出がある。
今は音信不通となってしまった友人K.I(通称ペッツ)との話だ。MGとK.I は市立C高校1年A組で同じクラスだった。K.I はハーロックバンドのボーカリストとしてRyojiとともに秋の文化祭に出演、広い体育館のステージで堂々と高音のシャウトを響かせロックバンド初心者達から一目置かれる存在になっていた。だが文化祭が終わった後、K.I はボーカリストとしての自分に疑問を持つようになり、ドラマーへの転向を決意した。K.I とMGがよく話をするようになったのはそんな時期だ。
 退屈な放課後の教室で、2人でよく音楽の話をした。ギターやドラムの話、好きなアーティストや購入したレコードのこと。ある日K.I は最新リリースの2枚のレコードを持ってきた。1枚はRolling Stoneの”Some Girls”、もう一枚がPatti Smithの”Easter”だった。なぜK.I がPatti Smithのレコードを持っていたのかよく覚えていない。K.I は当時カルメンマキ&OZなど女性ロックシンガーが好きだったので、ジャケットの写真からPatti Smithに興味を持ったのかもしれない。高校1年生にとってそのジャケットはいかにも神秘的でセクシーな魅力に溢れていたのだろう。”Easter”には”Because the night”といったPOPなヒットチューンがあったが、そのアルバムがK.I の愛聴盤となることはなく、Patti Smith とStonesのレコードはMGが譲り受けることとなった。
 その後K.I はMG、OGと3年間バンド活動をともにし、20才になる前後、彼は演劇の道を志すため見知らぬ土地に旅立っていった。
 
 Patti SmithのEasterのジャケットを眺めると、今でも高校1年のあの放課後が蘇る。そこは、70年代終盤のニューヨーク・ロンドンのロックの世界がLPレコードジャケットを通じてMGの中に初めてリアルタイムで飛び込んできた場所であり、またK.I と過ごした10代最後の濃密な3年間の始まりをつげる場所でもある。 高校1年生の出会いを演出したPatti Smithは70才近くなった。写真家の恋人、ギタリストの夫、マネジャーだった実弟との死別を乗り越え育児を終えた後ステージに復帰し、未だに精力的に活動を続けている。こんな不透明な時代だからこそ彼女の力強さはより人々を魅了するのかもしれない。もし30年以上会っていないK.I に再開することができたなら、伝えようと思う。
「彼女は今でも元気にやっているよ」
 
(MG)


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