Column
Our Roots

 28 Jun,2015     Have A Little Faith In Me / John Hiatt
 
 Bilbord Live東京。
 ここの2ステージ制はあまり好きではない。19時からの1stステージ、21時30分からの2ndステージはアーティストにとって完全燃焼というわけにはいかないし、限界まで全力投球のライブを期待すると明らかに物足りない。とはいうものの、金曜の夜の解放感にゆっくり浸るには、ここはちょうどいいサイズのステージだ。何といってもグラス片手に好きなミュージシャンの演奏を目の前で味わうのは格別だ。
 5月22日金曜日、そのBilbord Live東京に足を運んだ。 ステージ正面真横の2階席、ビールを飲みながらぼんやり演奏が始まるのを待っていた。
 John Hiattソロライブ。今夜はステージに過度な期待、興奮を感じるのではなく、飲みながらゆっくり音楽に包まれること自体を楽しもうとしていた。
 
 John Hiatt、インディアナ州出身のシンガーソングライター。派手さは全くないが、地道に泥臭いアメリカンロックをしわがれた声で歌い続けている。 WALL STREET JOURNALに掲載されたJohn Hiattの記事にはこんなタイトルがついていた。
 
“His songs have been recorded by Dylan, Springsteen, Bonnie Raitt, Willie Nelson and Rosanne Cash, but he's never had a hit on his own” (By Steve Dougherty July 8, 2014)
 
 彼の代表作、87年リリースされた ”Bring the Family” は、正直あまり印象に残らなかった。Ry Cooder のスライドギターなど確かに聴きどころ満載だが、いかにもありふれた保守的価値観をイメージさせるジャケットやアルバムタイトルが邪魔していたのたろう。その後の彼の作品、"Slow Turning","Walk On," も良い作品だとは思ったが、"Bring the Family" と同様に愛聴盤となることはなかった。
 John Hiatt の27年ぶりの来日のニュースも最初は気に留めずやりすごしていた。ところが、それが予定のない金曜日にスケジュールされていることに気づいて心が動いた。ちょうどこの日は、近頃の微妙な歯車の狂いを調整するための自分向けのイベントを探していたのだ。
 最近はどんな活動をしているのか?昨年リリースされた”Terms of My Surrender” を聴いてみると、予想以上に素晴らしかった。ブルージーなアコースティックギターと最小限のバンドのシンプルなサウンド、もともとしわがれた声が更に枯れて味わい深さがあり、今の自分にフィットするアルバムだった。そんな成り行きでソールドアウト近かったチケットを1週前に1枚だけ確保したのだった。
 
 ステージ下手からJohn Hiattがひとり登場。オープニングの ”Drive South” 、エレアコのビートとダミ声に惹きつけられた。シンプルなギターのストロークだけのグルーヴが心地よい。“The Open Road” “Dust Down A Country Road” とロードソングが続く。昨年リリースのアルバムから唯一演奏された”Long Time Comin'” もドライブしながら若かった頃を振り返る曲。彼の歩んできた道のりに思いをはせる。Ry Cooderとの共作、”Across the borderline”も旅路の歌だ。観客の無茶なリクエストに答えてその曲を歌い始めたが、歌詞がでてこない。それでも演奏は止まらず徐々に感情移入しながら最後まで歌い切り、会場は大喝采だった。たったひとりでステージ全体を巻き込んでいく、人間としてのスケールの大きさに圧倒された。”Memphis In A Mean Time”をギター1本でファンキーにきめクロージングとなった後、アンコールで演奏されたのは、Have A Little Faith In Me”。心の叫びを絞り出すような歌声に鳥肌がたった。
 
 Have A Little Faith In Me”は87年の”Bring the family”に収録されているバラード。アルバムでは今回と違いピアノ弾き語りのアレンジとなっている。最初にその曲を聴いた時はいかにも名曲風といったアレンジで特別に感じるものはなかったのだが、ライブの後に改めてこの曲を聴き直してみると明らかに別世界が広がっていた。アルバム”Bring the family”はシンプルなアメリカ中西部の伝統的な家族賛歌と決めつけ、自分勝手に距離をおいていた。改めてJohn Hiatt の辿ってきた道を重ね合わせて聴いてみると、そんな安易な世界からほど遠い場所から彼の世界が形成されていたことを知った。少年時代に兄が自殺、2年後に父親が亡くなりそのストレスから逃れるため彼の生活は荒れた。ミュージシャンとしてデビュー後もセールスは振るわず酒とドラッグに溺れ生活が破綻、最初の子供が生まれた1年後に妻が自殺。荒廃した生活から立ち直ろうとLAからナッシュヴィルに移り再婚、家族の再出発とミュージシャンとしての再起をかけた起死回生のレコーディングだった。Ry Cooder, Nick Lowe, Jim Keltner が彼に寄り添うようにバックを固め、John Hiattの人生はようやく好転していく。Bring the familyはそんなアルバムだったのだ。
 
 あの夜 Bilbord Live東京聴いた”Have A Little Faith In Me”、胸に突き刺さるような叫び、ようやく John Hiattの長い旅路に追いついた気がする。 そして金曜の夜の音楽の魔法による救済の瞬間を用意してくれた John Hiattに感謝したいと思う。
 
(MG)


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