Column
Our Roots

 19 September,2015    An old fashioned love song/Three Dog Night
 
 祖父母の家があった市の中心部の繁華街を学区に持つ、自宅から離れた小中学校にOGは通ったのだが、そうした地域では子供たち生活のバックグラウンドも多種多様であり、バラエティに富んだ人間関係が構築されていく。
 
 小4の時に転校してきたJは洒落者で、いつもきれいになでつけられた茶色がかった髪は、まだお洒落に目覚める前の子供たちが多い中で異彩を放っていた。ひとりずつ唱歌を歌う音楽のテストでは(歌の上手いJは、よく流行りの歌謡曲や演歌を口ずさんでいた)、サビの部分でコブシをまわし、教師を含めクラスのみんなを唖然とさせた。学業成績はそれほどでもなかったが、小柄で活発で遊びに長けていて、メンコはあまりの強さのためクラスの男子のほとんどがメンコを巻き上げられてしまい、返してくれるようにと教師に泣きついたこともあった。チョロチョロと落ち着きがないので、卒業式等の来賓を迎える式典では、前列から目立たない後列へと並び順を代えられたりもした。今思い返すとそのSTREET SAVVYでキッチュな感じは、大衆演劇の役者に似ていなくもない。自分の欲望に正直で周囲からヒンシュクをかうこともあったが、それを隠そうとはしないところが逆に信用できた。根は無邪気で、楽しい男だ。
 
 
 中学に進むとOGとJは、クラスは違うが同じサッカー部に所属していたこともあり、帰りがけに二人でツルむことも多かった。彼はある特技を持っていた。当時数件あったデパートや商業ビルの屋上はゲームセンターになっていたが、平日の午後はたいてい閑散としていた。そこに置かれたドライブゲームを前にJが言う。“ちょっと待ってろ”。ゲーム台の裏に回ってゴソゴソ何かをすると、ガチャッという音とともにゲームが起動する。Jが悪戯っぽい微笑みを浮かべながら姿を現す。“よし、やろうぜ”。エアホッケーのコインスロットのある側面のボードの前にかがみ込み、再び何かをする。すると盤上にエアーが吹き出し、カランッとプラスチックの円盤がサイドのポケットに出現する。いったいどこで覚えたのか、こんな技を使える奴はJ以外にはいなかった。メインテナンス用のスイッチの在り処か何かを知っていたのか(そういえば父親が、どこだかの百貨店に勤務していたという話を聞いた覚えがある)、それとももっと単純なトリックなのか、技の秘密をJは明かさなかったので、本当のところは謎のままである。
 髪型やファッションに早熟な子が、兄姉の影響を受けているのはよくあることだが、Jにも社会人になって間もない姉がいた。一度古い借家住まいのJの家に立ち寄った時に、通販で毎月送られてくる姉の“洋楽コレクション“のレコードを見せてくれたことがある。J 自身は洋楽には全く興味がなかったので、一枚ずつジャケットを取り上げて、“これはおもしろいのか?”とか“これはどんな音楽なのか?”といった判断や意見をOGに求めてきた。イージーリスニング系やバラード系が多い中に、一枚興味を惹くレコードがあった。“これはいいね”OGが手にしたのは、通販用に独自編集されたThree Dog Nightのベスト盤だった。
 
 「アボリジニが寒さの厳しい夜に3匹の犬と寝る」という風習にちなんで名づけられた、個性の異なる3人のボーカリストと4人のミュージシャンから成る、このアメリカンポップロックバンドは、メンバーの持ち寄る外部の作曲家の作品を取り上げアレンジするスタイルで’68年〜'74年にかけてヒットを連発した。OGの心を最初にとらえたのは、ラジオから流れる、短調で始まる悲しげな美しいメロディが長調へと転じ、雨の後の青空のような解放感と高揚感を感じさせながら終わる“An old fashioned love song”であった。つづいてサーカスを思い起こさせる賑やかな前奏で始まる“The show must go on”、全米1ヒットの“Joy to the world(喜びの世界)”などがOGのfavorite ソングリストに名を連ねるのに、さして時間はかからなかった。ベスト盤に、それまで耳にしたことのない曲が数曲含まれているのを知ると、“貸してやるよ”とJは言った。“姉貴は一人暮らしでしばらく帰ってこないし、たいして聴きもしないからね”。
 
別々の高校に進学してからは久しく会う機会がなかったが、文化会館で行われた成人式で5年ぶりにJに再会した。“元気かよ“お互い笑顔で言葉を交わし近況を報告し合った。“実は俺、結婚するんだよ。スキー場でナンパした地元の娘とできちゃった結婚でさぁ。一人娘なもんだから、信州でそば屋を継ぐんだよね”“うそだろ”“マジだよ、ほら”例の悪戯っぽい微笑みを浮かべながら、真新しいスーツの襟を返すと、そこにはJの珍しい姓(同じ名前を持つ人を一度も見たことがない)の代わりに、スポ根漫画の主人公と同じ名字が金糸で縫い取りされていた。突拍子もない話でその後もしばらくは、手の込んだ冗談ではないかと半信半疑だったが、何年か後に差出しが信州からの年賀状が届き、本当だったのだなと信じるに至った。数年前、中学の同級生からの電話の中で、Jが久しぶりに里帰りをしたという話があった。“J!”その名を聞くと中学時代の意図せぬアナーキズムの香りをまとった、懐かしい出来事がよみがえる。とりあえず元気でいることがわかり、それだけでもうれしいものだ。Three Dog Night の音楽とともに、小さな想い出の数々は、夜空の数多(あまた)の星屑のように遠く微かな光であっても、OGの心の中で時を経ても決して輝きを失うことはない。
 
(OG)
 
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