Column
Our Roots


 30 April,2013    My Country, 'Tis of Thee / Aretha Franklin
 
 出張帰りの飛行機の中で、現在上映中の映画「リンカーン」を見た。 舞台は南北戦争末期の1865年、再選を果たしたリンカーン大統領が奴隷解放のための憲法改正に向けて奔走する政治ドラマ。 オスカー受賞のリンカーン役ダニエル・デイ=ルイスの名演やスピルバーグのテンポ良い演出など、機内の小さな液晶画面でも充分楽しめた。
 
 
 この映画の中で、「奴隷解放は黒人の選挙権に繋がる」と口論するシーンがあるが、ここで思い出したのは、2009年の熱狂に包まれたオバマ大統領の就任式だった。 この年はちょうどリンカーン生誕200年にあたり、オバマ大統領は崇拝するリンカーンを意識したさまざまな演出を用意していた。 奴隷解放の憲法改正から公民権運動を経て、144年後に黒人の合衆国大統領が誕生した瞬間、それは歴史に刻まれる1ページだった。
 夢と希望の大統領就任から4年後、現実の厳しさに満ちた今年1月のオバマ大統領再選就任式では Beyonce による国家斉唱があったが(口パク疑惑で話題)、2009年の就任式はAretha Franklin が登場、"My Country, 'Tis of Thee"を熱唱した。 氷点下2度のワシントンでの出来栄えに本人は納得できなかったようだが、混沌とした時代を生き抜いたアフリカン・アメリカンのArethaの熱唱を聴いて、その時胸が熱くなったのを思い出す。
 
 子供の頃から父親の教会でゴスペルを歌っていた Aretha Franklin は1961年19才でプロデビューしたが、コロンビアレコードのポピュラー志向のプロモーションが受け入れられずしばらく低迷。アトランティクへ移籍後の1967年、アルバム"I Never Loved a Man the Way I Love You"がヒット、シングルカットされたOtis Reddingの"Respect"は、Billboard Hot 100とR&Bシングル・チャートの両方で1位を獲得、彼女は伝説のソウルシンガーとなった。 Arethaのこのアルバムは、アトランティックのユダヤ人プロデューサー Jerry Wexler のアイデアで、アラバマ州マッスル・ショールズのフェイム・スタジオで録音が開始され、トラブルで中断したが、フェイムのミュージシャンをニューヨークに呼んで完成させた。その結果、ゴスペル、ブルースの感覚が南部の豊かなグルーヴに包まれて、歴史的名盤が誕生した。
 
 当時 Jerry Wexlerは、都会的なモータウンに対抗しアメリカ南部の泥臭いサウンドを求めて、多くの黒人シンガーをメンフィスのスタックスやマッスルショールズのフェイムに送り込んでいた。 そのサウンドを支えていたスタジオミュージシャンの多くは、カントリーと Ray Charles を聴いて育ち、R&Bの洗礼を受けた白人達、Dan Penn, Spooner Oldham や Steve Cropper, Donald "duck" Dunn のような若者だった。 彼ら南部に根付くスタジオミュージシャンとゴスペルで鍛えた黒人シンガーが、そこで絶妙のグルーブを生み出した。
「(白人は)2階席に座って、黒人の子供たちが下で楽しそうに踊るのを眺めていた。〜(中略)〜ソウルミュージックはそうした白人の子供たちがついに階下に降り、黒人の輪に加わった時に誕生したのだ。」(オーティスレディングを発見したといわれている黒人DJ ハンプス・エイン *注) しかしそういったハーモニーは時代の変化に飲み込まれ、変容していってしまう。 1968年4月 Martin Luther King, Jr. 牧師がメンフィスで殺され、全米125の都市でいっせいに暴動が起きる。それ以後、南部の多くのスタジオではひどい緊張状態が生じてしまう。
「あれがターニングポイントだった。南部における黒人と白人の関係の転換点。そう、あれは、メンフィスで起きたんだよ。」(Booker T. Jones *注)
 
 以後のソウルミュージックは徐々に変化をしていき、刹那的なディスコミュージックが主流となっていく。 最新のR&Bヒットチューンにも魅力的な曲はあるが、60年代後半のこの短い期間にアメリカ南部で輝きを放ったソウルミュージックは、MGにとって特別な存在だ。 それは、人種、民族を超越した普遍的なエモーションを魂の叫びとバンドのグルーブとして実感できるからだ。 中でも Otis Redding, James Carr そしてAretha Franklin において。
 
 Aretha Franklin がオバマ大統領就任式で歌った"My Country, 'Tis of Thee" は英国国歌のメロディに合わせて歌われるアメリカ愛国歌である。父親が友人でもあり、Aretha 本人も積極的な支援をしていた Martin Luther King, Jr. 牧師が1963年にリンカーン記念館で行った有名な演説「I Have A Dream」の中でもこの曲が引用され、演説の最後では歌詞の引用「 Let freedom ring」が何度も繰り返されている。
初の黒人大統領就任式での Aretha Franklin は、"My Country, 'Tis of Thee"でその演説を再現するかのように、最後に何度もそのフレーズを繰り返して熱唱したのだった。
 
Let freedom ring!
Let freedom ring!
自由の鐘を鳴らそう
 
 
*参考文献:「スイート・ソウル・ミュージック【リズム・アンド・ブルースと南部の自由への夢】」ピーター・ギャラウニック著 新井崇嗣訳 (シンコーミュージックエンタテイメント)
 
(MG)